201002
2/3 (水)
ここ数日、黙々と、整理整頓をしている。間を空けて、写真を撮って、また戻って整理整頓の繰り返し。
引き延ばし機の場所も移し、以前より作業しやすくなった。まだ途中だけど。
体調を崩し色々と気配りするようになり、以前より規則正しく生活出来ている気がする(あくまで個人比較ですが)
一月に仕事で人物撮影した以降、人を撮っていない。というか、作品でも今は人を撮影していない。
ただひたすら植物ばかりを撮影している。
好きな人を好きなだけ撮っていた頃がすでに懐かしい。
どうしても[パレード]のシリーズやりだしてから、写真全体に漂う「辞世の句」空気が拭えない。
拭えないっていうか、まあ、そうなんだけど,,,あってるんだけど。
私の写真はさびしいし、かなしい。せつなさの絶叫パレードなのです。
さびしさやかなしさを、ただ悲しむために持ち寄っているのではなく、
終わりと始まりが対である(ぐるぐるとループ状につながり続く)事を赤裸々にし再確認するためにやっている。
死んだっきりではあんまりだ。うなだれ続けるのはしんどい。
赤裸々に終わらせて強力に再生するためにやっている。
写真に代弁してもらうのはちょっと罪悪感がある
悪いなあと思いつつ現実には際際で、私の代わりに死んでもらったりしていた([パレード]の0番”ハウス”、4番”...”とか)
そんな訳で今撮ってるのは再生みたいなもので、かなりスガスガしい。
さいしょ(年末〜1月中旬)はギスギスしていたけど、なんというか、今は、全身弛緩させながら見てる感じで、よかった。
この一連の写真はパレードの5番にもいれようかと思っていたけど、別でまとめようと思っていて、
あんまり言ってないけど月ペースでまとめていければとか考えてます。
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